オンライン作家 条希のブログです。

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 この前には色々あったんですよ……


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 私の身柄は一旦警察で保護されることとなったようだ。
 落ち着いた感じの刑事が、なだめるように聞く。
「どっか病院はかかってる?」
妻が田中クリニックに通っていると答えると、
「ああ、田中先生か、あの人は良いこと言うものな。結構”しみる”ような言葉を使うからな」
あの先生結構有名人なんだ。
 私を落ち着かせる為か、皆が部屋を出ていき、救急隊のIさんと母だけが残っているようだ。私はスキを見てベランダへ逃走しようとしたが、Iさんにひっ掴まり引き戻されてしまった。そこですべてあきらめた。

 書くのが辛くなってきた、こういうことも自傷行為なのか?

 ミニパトの後部座席の真ん中に押し込められる、両側に警察官が乗り込んできてかなり窮屈だ。菅沼警察署への道すがら、運転者が、私のような自殺未遂者を、
「一旦家族に引き渡した後に、警察が保護する事に法的根拠はあるのか?」
という訳の分からない話をしていた……。

 菅沼警察署では玄関ホールのベンチに座らされ、そこで待つように言われた。警察官がひとり私の横について座っている。私は頭からジャンパーのフードを目深にかぶり、ベンチにうずくまっていた。
 家族の到着、妻と母、そして叔父。妻は聞き取りの為、別の場所へ連れて行かれた。
 ホールのベンチで叔父は私のすぐ隣に座り、私の背中を叩きながら話す、
「車の中で全部聞いた、心配するな、何かあったら家族は俺が面倒見る!」
 なぜか首にはタオルをかけているが、その一言がどれだけ安心する言葉か、言った本人は分かってないだろう。
 うつの症状が酷い、「死ね」という命令はまだ続いていたが、実行に移すエネルギーがない。ただ、うずくまって精神的な激痛と闘う、地獄にいるような苦しみ。寒くもないのに、歯の根が合わずガタガタとあごは鳴り、手足の震えを押さえるだけで精一杯だ。
 時間は午後八時くらいだったろうか、私の処遇が決まった。私が自宅にも実家にも帰りたくないと言うので、ここからは保健所の管轄になるらしい。保健所が夜間、救急で受け入れてくれる精神科の病院を探してくれることになった。後はただ病院が決まり、保健所が迎えにくるのを待つだけになった。それまでの長い(長く感じる)時間を、私はひとり苦痛と向き合い続けることになる。
 菅沼警察署の玄関ホールの時計は、長針が動く六十秒ごとに、カチッ、カチッと大きな音を出す、私には死刑執行までのカウントダウンにしか聞こえず、背中に一分ごとにナイフを突き刺されるように感じる。
 叔父が缶コーヒーを買ってきて、飲めと言うが、顔を上げることさえできずに震えている。頭の中は完全にパニック状態。不安と恐怖、疲労、イライラ、重度のストレスに押し潰され、跳ね返す力はない……。

「たばこが吸いたい」

 私の言葉がやっと出た。
 署内は禁煙のため、玄関前の灰皿で吸わせてもらうことになった。妻がたばこを取り出す、ラーク・マイルド・メンソール、目を合わせることができずに受け取る。
 警察署の玄関先で座り込んで一服、警察官二名と一緒に。
 たばこ一本の効果を、これほどありがたく感じたことはなかった。
 ホールへ戻るが、少し落ち着いた程度で、やはりベンチにうずくまったまま顔を上げることができない。
 精神的な嵐はまだ勢力を弱めてはいず、次は私の心の別の面を突いてきた。私の口から思いがけず、
「お父さんに会いたい」
と言葉が出た。それと同時に涙が止まらなくなってきた。
 自分でも思っていなかった父への想いに全身が満たされる。私が四歳の時に殺された父、享年三十四歳、今の私と同じ歳だったはず。父の思い出は、うっすらとしか残っていない、遺影の写真の父の顔が目に浮かぶ。
「お父さんに会いたい、お父さんに会いたい」
 泣きながら何度も繰り返す私に、叔父が背中を叩きながら、
「今のお前に会っても、お父さんは喜ばんぞ。お前と同じ思いを子供にもさせるのか?」
と、ずっと話してくれた。私は子供のようにしゃくりあげながら、うん、うん、とうなずいていた。
 きっと一度だけでも、思いっきり父に甘えてみたかったのだろう。
 それからしばらくは落ち着いてベンチに横になっていた。
 保健所の職員も到着して、受け入れ先の病院を探しているが、難航しているようだ。
 落ち着いたとはいうものの、うつの状態は続いており、時々手足がガタガタ震えたり、呼吸が荒くなったりする。やはり顔を上げて皆の顔を見ることができない。急に不安や恐怖に支配され、寝たまま頭をベンチに打ち付けたりもした。
 何度目かに呼吸が荒くなってきた時のこと、私はベンチからずり落ち、床にしゃがみ込んでしまった、顔はベンチの上に伏せていた。
 つ、と母が私の背中に手を伸ばしてきた、私は反射的にその手を振り払った。うつ状態の時の私は、母親が苦手になる、どちらかというと憎悪する、と言った方が正しいかもしれない。母の声を聞くとイライラしてしょうがなくなる。
 その時、妻が私の横に座り込んだ。うつむいた私の顔をのぞき込むように、
「アミノサプリ飲む?」
と小さな声で聞いてきた、私は小さくうなずいた。
 受け取ったペットボトルからひと口飲んで返そうとすると、
「全部飲んでいいよ」
優しい声。ボトルに少し残ったアミノサプリを、グイッと飲み干し、ボトルをテーブルの上に置き再びうつむく。
 妻の手に恐る恐る触れると、ギュッと強い力で握りしめてきた。私も反射的に強い力で握り返す。
 妻の手は冷たかったが、温かい気持ちが伝わってきた。気持ちが安らぎ、安心感を覚える。愛しているんだ! 何があっても、家族を捨てられる訳がない! 一番大切なもの、最高の幸せ。それなのに、その幸せそのものを根底から破壊しようとした自分がいる、今、この瞬間の自分の中にも……。
 この、もう一人の自分、が不安感の原因なのか? 恐怖感の原因なのか?
 小さな声で妻と話した、頭から落ちれば成功すると思ったこと、間違って手すりを飛び越えてしまったこと、“死ね”という声が聞こえること、妻はゴメンねとつぶやいた。
「一緒にたばこ吸いに行こうか」
私が言うと、妻はすっと立ち上がり、監視役の警察官に伝えた。
 ふたりして手をつないで、玄関前の灰皿へと歩いて行く、結婚前に戻ったような、少し照れくさい感じもした。
 警察署の玄関先で座り込んでたばこを吸う男女、そばには警察官が一名、気を利かせたのかふたりに背中を向けて立っている。辺りは真っ暗、ただ署内の灯りが外へ漏れているだけ。
 時刻は夜の十時は過ぎていたと思う、受け入れ先の病院がなかなか決まらない。
「こんなに時間がかかるなら、きっと遠い病院に入れられるよ」
と私が寂しげにつぶやくと、
「家には帰りたくないんでしょ? もう何も気にしないで、病気を治すことだけ考えて。こうやって真夜中に警察署の玄関前で、ふたりで座ってたばこ吸ったなんて、すぐに笑い話になるよ」
と答えた。今日はじめて私の顔に笑顔が返ってきた気がした。
 外はかなり冷え込んでいて、ふたりでガタガタ震えている。そろそろ戻ろう、妻が立ち上がり、そばに立っていた警察官に、ありがとうございました、と礼を述べ、中へ戻った。

テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:日記


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